上記の数式において、nを3以上の整数とすると、 いずれも正の整数であるX、Y、Zの組み合わせは存在しない。 nが2の場合はピタゴラス数であり、XYZの組み合わせは大量にある。 「ピタゴラス数」求め方、見つけ方の公式。ピタゴラス方程式とは何かところが3以上のnの場合となると、XYZの組み合わせはまったくない。 これは一般的に、『フェルマーの最終定理』とか、『フェルマーの大定理』と呼ばれている、あるいは呼ばれていたものである。 今は『ワイルズの定理』と呼ばれる場合もある。 その問 … フェルマーの最終定理のx,y,zに正解があるとすれば、谷山・志村予想は満たされない(谷山・志村予想は間違っている) ↓ 言い換える(対偶をとる)と、谷山・志村予想が正しいと証明されれば、フェルマーの最終定理のx,y,zを満たす自然数の解は存在しない。 「フェルマーの小定理とは何か」知りたいですか?本記事では、フェルマーの小定理の2通りの証明(数学的帰納法・互いに素)から、フェルマーの小定理の例題2問、さらには京大入試問題や暗号理論まで、わかりやすく解説します。本記事を読んで、「フェルマーの小定理マスター」になろう! 【ホンシェルジュ】 数学でよく聞く「フェルマーの最終定理」。この証明を発見したといわれるフェルマーは有名な数学者のひとりですが、実は彼自身が正式に証明したわけではないのです。今回は、彼の謎や秘密が明らかになる本を紹介していきます。 フェルマー最終定理を簡潔に証明しました。要約を以下に記載します。ご意見を頂ければ幸いです。全文(pdf)を読みたい方はここをクリックしてください。 フェルマー最終定理の等式 (以下、フェルマーの等式)が四則演算で成立するならば、その等式は剰余演算でも成立する。 Why has this theorem been so difficult to prove? 現代数学者でも知られるアンドリュー・ワイルズは、フェルマーの最終定理を証明することが出来た天才です。360年間、誰も解くことが出来なかった定理を証明することが出来たのは、彼の真面目な性格が表れているでしょう。 今回は、アンドリュー・ワイルズ 日高が証明してみせればすべて解決するのになぜ証明してみせない? 963 132人目の素数さん 2020/02/08(土) 21:40:20.81 ID:YCre0bH4 >>961 日高 ワイルズによるフェルマーの最終定理の証明(ワイルズによるフェルマーのさいしゅうていりのしょうめい)は、イギリスの数学者アンドリュー・ワイルズによる楕円曲線に関するモジュラリティ定理の特殊な場合の数学的証明である。リベットの定理(英語版)と組み合わせることでフェルマーの最終定理の証明を与える。フェルマーの最終定理とモジュラリティ定理は双方ともに当時の知識だけで証明することは現実的にほぼ不可能だと考えられており、同時代の数学者の多くは証明することは難しいと … フェルマーの最終定理と中学の記憶の結末 「Xの2乗+Yの2乗=Zの2乗」を満たすそれぞれが整数X、Y、Zの組合せは3,4,5など無数にある。 しかしNが3以上の整数なら、「XのN乗+YのN乗=ZのN乗」を満たす正の整数X、Y、Zの組合せは存在しないというのが、フェルマーの最終定理です。 数学界に長年証明されずに残っていたフェルマーの最終定理を証明した数学者のお話。 この本が他のエッセイや自伝と違うところは、著者のサイモン・シンがテレビ業界の人だという点だ。 フェルマーがメモに残した「真に驚くべき証明方法」とは一体何なのか、 話題が話題を呼び、いつしか、それはこう呼ばれることになる 「フェルマーの最終定理」 と。 数学界に長年証明されずに残っていたフェルマーの最終定理を証明した数学者のお話。 この本が他のエッセイや自伝と違うところは、著者のサイモン・シンがテレビ業界の人だという点だ。 フェルマーの最終定理の証明 (2) 1002コメント ... 1 日高 2020/11/29(日) 15:29:06.50 ID:K1zQVxRc 【定理】n≧3のとき、x^n+y^n=z^nのx,y,zは自然数とならない。 【証明】x^n+y^n=z^nを、z=x+rとおいてx^n+y^n=(x+r)^n…(1)とする。 ABC予想には複数の種類があり、今回とは別のタイプの予想を証明できれば、解決に約350年かかったフェルマーの最終定理の証明も導けるという。 フェルマーの最終定理の主張は\(2\)より大きい全ての自然数\(k\)に対して言っているので、3,5,7だけでは全然足りません。 そもそも正しいの? 証明が完成しない期間が長すぎて、そもそもフェルマーの最終定理は正しいのか? いきなりですが定理の紹介です。 17世紀、フランスの数学者であるピエール・ド・フェルマーは、この定理を提唱しました。 しかし、フェルマー自身はこの定理の証明を残さず、代わりにこんな言葉を残しています。 これ、かっこよすぎないですか!? ただ、後世に残された我々からすると、「余白見つけてぜひ書いてください」と言いたくなるところですね(笑)。 まあ、この言葉が真か偽かは置いといて、フェルマーの死後、いろんな数学者たちがこの定理の証明に挑戦しましたが、結局誰も証明できずに300 … フェルマーの最終定理の、アンドリューワイルズによる証明の全文を見てみたいです。 自分に理解できるわけもないのですが、本を読んで気になってしまいました。 サイトなどあれば、教えてくだ さい。 5 x 4+y = z4 について 定理1 x4 +y4 = z4,x>0,y>0,z>0を満たす整数解は存在しない。 この定理が、フェルマーの大定理のn =4の場合である。 これからこ の定理を証明する。 (証明) x 4+y = u2, (x,y)=1 (2.1) が正の整数解を持たないことを示せば十分である。 フェルマーの最終定理とは、フランスの数学者フェルマーが提唱したnが3以上の整数の時、x^n+y^n=z^nを満たす自然数の組(x,y,z)は存在しないという予想のこと。 発表から300年以上たった1994年、イギリスの数学者ワイルズによって証明された。 背景 最初の挑戦 n=100までの証明 谷山志村 … ワイルズによるフェルマーの最終定理の証明(ワイルズによるフェルマーのさいしゅうていりのしょうめい)は、イギリスの数学者アンドリュー・ワイルズによる楕円曲線に関するモジュラリティ定理の特殊な場合の数学的証明である。リベットの定理(英語版)と組み合わせることでフェルマーの最終定理の証明を与える。フェルマーの最終定理とモジュラリティ定理は双方ともに当時の知識だけで証明することは現実的にほぼ不可能だと考えられており、同時代の数学者の多くは証明することは難しいと考えていた。, ワイルズは1993年6月23日、「モジュラー形式、楕円曲線およびガロワ表現(Modular Forms, Elliptic Curves and Galois Representations.)[1]」と題されたケンブリッジ大学の彼の講演にて最初に証明を発表した。しかし、1993年9月、この証明は誤りが含まれていることが判明した。1年後、1994年9月19日、ワイルズが 「(自身の)今までの職務においてもっとも重要な瞬間」と呼ぶアイデアを得た。彼はこれに関して「信じられないほど美しく…とてもシンプルでかつエレガント」なアイデアと語っており、これによって証明を数学者のコミュニティが受容する水準にまで正すことができた。この正しい証明は1995年に発表された[2]。, ワイルズの証明は代数幾何学・数論のテクニックを多数使用しており、これらの数学分野の派生を多く含んでいる。また、彼の証明はスキームの圏や岩澤理論などのフェルマーが知りえなかった20世紀以降のテクニックを含む現代代数幾何学の一般的な構成を使用している。, 証明を含む2本の論文は129ページの長さであり[3][4]、証明を構成するのにワイルズは7年を費やした。ジョン・コーツはワイルズの証明を数論の最高の成果の1つであると述べ、ジョン・ホートン・コンウェイはワイルズの証明は20世紀を代表する証明だと述べた[5]。ワイルズのフェルマーの最終定理証明への戦略は、半安定楕円曲線(英語版)の特殊な場合に関するモジュラリティ定理を証明することであり、強力なモジュラリティのリフト(英語版)というテクニックを確立し、他の数々の問題に対しても全く新しいアプローチの道を開いた。フェルマーの最終定理の解決に対して、ワイルズはナイトの称号を与えられたほか、2016年のアーベル賞等の名誉が与えられた。ワイルズがアーベル賞を受賞することが発表されたとき、en:Norwegian Academy of Science and Lettersはワイルズの業績を「素晴らしい証明("Stunning proof")」と表現した[2]。, 1637年に書き表されたフェルマーの最終定理は以下を満たす3つの自然数 a, b, c が存在しないことを述べている。, フェルマーの最終定理の発表からワイルズの最終的解決まで350年以上が経っており、多数の数学者・アマチュアが n > 2 の場合および特定の指数に限定された場合の双方でフェルマーの定理を証明しようと試みた。およそ400万までの n に関しては、当初は手計算、のちにコンピューターによって正しいことが確認された。しかし一般的な証明はおろかそのような証明に至るヒントすら見つからなかった。, 当時フェルマーの最終定理とは関連しないと考えられていた議論にて、1950-60年代の日本の数学者である志村五郎が同じく日本の谷山豊から着想を得て、当時研究されていた最先端の数学的概念である楕円曲線とモジュラー形式が(両者は全く異なる概念であると考えられていたにも関わらず)互いにつながりを持っている可能性があるという予想を唱えた。, 谷山と志村が提出したこの予想はこれら2つの数学的概念が実際は数学的に同じものであり、見方が異なるだけであるというものであった。谷山と志村の予想は「すべての有理数体上に定義された楕円曲線はモジュラーであろう」ということを述べており、後に谷山・志村予想として知られるようになった。西洋においてはこの予想がアンドレ・ヴェイユの1967年の論文によって広く知られるようになったため、しばしば谷山・志村・ヴェイユ予想と呼ばれている。, 1980年頃までには楕円曲線の予想を構成するための多くのエビデンスが積み上げられていた。これらの予想は広く真であると考えられていたが何らかの確たる証拠があったわけではなく、(これらの予想が真ならば)理論的に素晴らしく首尾一貫したものであり、なおかつ魅力的な数学的概念を提示するがために広く真であると信じられていた。予想の一部は間違っている可能性もあった。, 当時、谷山・志村予想には証明が存在せず、証明に至るアプローチを見つけることすら絶望視されていた。このような背景もあり、証明あるいはそれに至るアプローチの発見すら絶望視されたまま谷山・志村予想は数学上の重要な未解決問題として数十年残り続けた。, 谷山・志村によってはじめて予想が発表されてからおよそ50年後、ワイルズの研究の成果により状況が大きく進展してようやく証明され、この予想は現在モジュラリティ定理として知られている。, 上記の議論とは独立に、1960年代後半、Yves Hellegouarchがフェルマー予想の解(a,b,c)を全く別の数学的概念である楕円曲線と関連付けることを思いついた[6]。この曲線は(x, y)座標平面上の以下の関係を満たすすべての点によって構成されている。, このような楕円曲線は特殊な性質をもっている。これは等式の数に高次の指数が出現するためであり、またan + bn = cnもまた n次の指数であるためである。, 1982-1985年において、ゲルハルト・フライはHellegouarchの曲線の特殊な性質に着目し、これは現在フライ曲線(英語版)と呼ばれている。フライ曲線はモジュラーでない楕円曲線がフェルマーの最終定理に対する反例を与えることになるというアイディアを提示することでフェルマーの最終定理と谷山・志村予想の橋渡しとなった。, より平易な言葉で言えば、フライの研究はフェルマーの最終定理を否定するような数の組(a, b, c, n)は、谷山・志村予想を否定することも可能であろうと考えるに足るような理由を与えた。よって、もし谷山・志村予想が真であれば、フェルマーの最終定理を否定するような数の組も存在しないであろう。よってフェルマーの最終定理もまた真であろうと考えられるのである。, そのため、谷山・志村予想を証明・反証した場合はフェルマーの最終定理もまた同時に証明・反証されることになるのである[7]。, 1985年にはジャン・ピエール・セールがフライ曲線がモジュラーでないことを部分的に証明した。セールは完全な証明を与えなかったので、証明に欠けていた部分はイプシロン予想(英語版)として知られるようになった。これは現在、リベットの定理(英語版)として知られている。セールの主な関心は(谷山・志村予想を暗示する)モジュラーガロワ表現上のセール予想というもっと野心的な予想にあった。セールの証明は完璧ではなかったものの、半安定状態の楕円曲線とフェルマーの最終定理のつながりをほぼ確実なものとするに至った。, 上記の戦略に従えばフェルマーの最終定理を証明するには2つのステップを踏む必要がある。1つはセールの部分的な証明を拡張し、フライの直感が正しいことを示すこと。つまり、上記の楕円曲線(フライ曲線)がもし存在するのであれば、それがモジュラーではないことを示すことである。証明の完全でない、欠けていた部分(イプシロン予想)はジャン・ピエール・セールによるものである[8]:1。2つ目は谷山・志村予想を証明することである。あるいは完全に証明せずとも、少なくともフライ曲線を含む楕円曲線(半安定楕円曲線)に関して谷山・志村予想を証明することである。, 1986年夏、ケン・リベットはイプシロン予想を証明することに成功し、これはリベットの定理(英語版)として知られるようになった。リベットの論文は1990年に発表された。リベットはこの証明を遂げたことで、同時にフェルマーの最終定理とリベットの定理の関係性をも証明したのである。つまり、フライが示唆したように、半安定楕円曲線に対して谷山・志村予想を証明することは、リベットの定理と組み合わせることで、フェルマーの最終定理を証明することになることが確定したのだった。, しかしながら、このようなセールとリベットによる研究の進展とは裏腹に、上記で述べられたフェルマーの最終定理へのアプローチは広く現実的には適用不可だと考えられていた。これは谷山・志村予想が当時知られていた知識だけでは全く証明できそうにないと見られていたためである[10]:203–205, 223, 226。例えば、ワイルズのかつての指導者であるジョン・コーツは「(谷山・志村予想は)全く証明できそうにない」[10]:226と述べたし、ケン・リベットは「(自分自身も)証明ができないだろうと考えていた大勢のうちの1人」であるとしていた[10]:223。, リベットの1986年のイプシロン予想の証明を聞き、フェルマーの最終定理に子供のころから魅了されていた、楕円曲線を研究していたイギリスの数学者アンドリュー・ワイルズは、谷山・志村予想の証明を秘密裏に進めることを決めた。これはワイルズの専門分野と(フェルマーの最終定理に)関わりがあることが判明した[11]ためでもあるし、長年未解決だった問題を証明することが彼にとって魅力的だったためでもある。, リベットは後に「ワイルズはおそらくこの地球上で(あの難問に)実際に挑戦して証明できるだなんて夢見るような向こう見ずさを持つ数少ない者のひとりだった」と述べている[10]:223。, ワイルズは証明を1993年に初めて発表した。これは元々の論文の一箇所に見られた間違いを訂正し、1995年に最終的に正しいものとして受け入れられた。ワイルズの仕事は正しいとされてから、その後の6年で他の数学者によってモジュラリティ定理の完全な証明にまで拡張された。, 1993年の6月21日-23日の間で、ワイルズは半安定楕円曲線に関する谷山・志村予想の証明、すなわちフェルマーの最終定理の証明を発表した。この発表はイギリス、ケンブリッジのアイザック・ニュートン数学研究所(英語版)で3つの講義に渡って行われた[1]。講義の後には比較的大きな規模の記者会見が行われた[12]。, 証明の発表の後、ニック・カッツ(英語版)がワイルズの論文の査読を行うレフェリーの一人として指名された。カッツはレビューにおいて、ワイルズに証明に関する様々な質問をしたが、そのうちにワイルズ自身も認めるギャップが証明に含まれることがわかった。証明の重要な箇所(ある種の群の位数に上限を与える部分)の誤りであり、コリヴァキアン=フラッハ法を拡張するのに使用したオイラー系(英語版)が不完全だったというものだった。, ただし、この誤りによってワイルズの仕事が全く役に立たないものになったわけではなかった。ワイルズの証明のそれぞれの部分は単体でも意義深く革新的なものであり、証明の過程で多くの発展や新たなテクニックが見出されていたためである。この誤りに影響されたのは一箇所のみであった[10]:289, 296–297。しかしながら、この一箇所が(誤りによって)証明されないのであれば、フェルマーの最終定理の証明も成されない。, ワイルズはギャップを取り除くのにほとんど1年を費やした。当初は自身で訂正を試みたが、のちにかつての指導学生のリチャード・テイラーと共同で訂正を試みた。しかし、ギャップを取り除くことはできなかった[13][14][15]。1993年の終わりまでに、厳しい視線が注がれるなかでワイルズの証明が失敗したという噂が広がったが、どの程度深刻なのかに関しては知られていなかった。数学者はワイルズに彼の仕事が完全なのかそうでないのかに関わらず彼の証明を公開させるようにプレッシャーをかけ始めた。そうすることでより広い数学者のコミュニティがワイルズの仕事を精査し、利用することができるからである。しかし、誤りが訂正されるどころか、当初はそれほど深刻でないように思われたギャップは実は非常に重要で、取り除くのは容易でないように思われた[16]。, ワイルズによれば、1994年9月19日の朝、彼はほとんど誤りの訂正を諦める寸前で、証明に失敗したことを認める瀬戸際におり、他の数学者が証明を発展させ、誤りを探すことができるように証明の詳細を発表しようとしていた。彼は証明がなぜ不完全だったのかを理解するための最後の確認をしていたが、不意に、コリヴァキアン=フラッハ法の適用の際に問題となっている部分そのものが(コリヴァキアン=フラッハ法のアプローチから得た経験を援用することで)岩沢理論の適用を可能にすることに気がついた。それぞれのアプローチは単体では不適切だが、両者のアプローチを組み合わせ、双方のアプローチのツールを使用することでギャップを取り除き、すべての場合に有効な類数公式(Class Number Formula, CNF)を与えた。これは参照元の論文で証明されていなかったものだった[13][17][13]。, 1994年10月6日に、ワイルズは3人の同僚(ゲルト・ファルティングスを含む)に彼の新しい証明を査読するように頼んだ[19][20]。1994年10月24日にワイルズは2つの論文を投稿した。「モジュラー形式、楕円曲線およびガロワ表現(Modular Forms, Elliptic Curves and Galois Representations.)」[3]と「ある種のヘッケ環の環論的性質(Ring theoretic properties of certain Hecke algebras)」[4]である。このうち後者の論文がワイルズがテイラーと共著したものであり、主論文で訂正が必要だった箇所を直し、必要な条件が満たされていることを証明したものである。, この2つの論文は精査され、最終的に1995年5月にAnnals of Mathematicsで発表された。この新しい証明は広く検査され、主な部分に関して正しいものであると受け入れられた[5][9][11]。これらの論文は半安定楕円曲線に関するモジュラリティ定理を確立するものであり、遂にフェルマーの最終定理を証明するものであった。これは予想が提出されてから358年後のことであった。, フェルマーは「(フェルマーの最終定理に対して)真に驚くべき証明を見つけたが、それを書くにはこの余白は小さすぎる」[21][22]と述べた。 しかし、ワイルズの証明は非常に複雑なものであり、他の数学者の多くの仕事を援用したものであったため、1999年当時ワイルズの証明の全容を詳細まで理解しているのはほんの数人の数学者だけであると示唆されていた[1][23]。ワイルズの証明の複雑さは知られていたので、例えばその理解のために10日間に渡るカンファレンスがボストン大学で開かれた。このカンファレンスの議事録をもとに出版された本は、証明を理解するために必要な前提となる全範囲のトピックを数論の大学院生を対象に説明することを目的としている[8]。, 上記で記されたように、ワイルズは谷山・志村予想を半安定楕円曲線の特別な場合に関してのみ証明したので、すべての楕円曲線に関して証明されたわけではなかった。しかし、ワイルズの証明から数年して、クリストフ・ブロイル(英語版)、ブライアン・コンラッド(英語版)、フレッド・ダイアモンド(英語版)、リチャード・テイラー(しばしば「BCDT」と略される)の4人がワイルズの仕事を発展させ、最終的に2001年の論文で谷山・志村予想をすべての楕円曲線に関して証明した[24]。証明されたあとは、谷山・志村予想はモジュラリティ定理として知られている。, 2005年にオランダの計算機科学者Jan Bergstraはワイルズの証明をコンピューターで真偽の判定をできるような形にする場合の問題点を発表した[25]。. 日高が証明してみせればすべて解決するのになぜ証明してみせない? 963 132人目の素数さん 2020/02/08(土) 21:40:20.81 ID:YCre0bH4 >>961 日高 サイモン シン『フェルマーの最終定理』の感想・レビュー一覧です。電子書籍版の無料試し読みあり。ネタバレを含む感想・レビューは、ネタバレフィルターがあるので安心。 数学の超難問ABC予想、京大教授が証明 検証に7年半 朝日新聞デジタル - www.asahi.com数学の超難問ABC予想、京大教授が証明 検証に7年半 - 朝日新聞デジタル 「abc予想」の証明論文がついに出版へ | Nature ダイジェスト | Nature Research Nature Asia … §あらすじフェルマーの最終定理という言葉を聞いたことはあると思います。僕は残念ながら文系チンパンジーですので、数学というものはできるだけ避けて生きてきた人間です。しかしこの定理のすごいところはそんなおサルさんなぼくでも設問そのものは十分りかいできるというところです。 フェルマーがイラスト付きでわかる! 17世紀フランスの数学者。 私は真に驚くべき証明を見つけたが、この余白はそれを書くには狭すぎる。(『算術』のメモより) 概要 17世紀フランスの数学者。本名ピエール・ド・フェルマー。その業績から「数論の父」とも呼ばれる。 フェルマーの最終定理 n≧3 のとき,aⁿ+bⁿ=cⁿ を満たす 正の整数a,b,cは存在しない. G. Cornell, J. H. Silverman and Are mathematicians finally satisfied with Andrew Wiles's proof of Fermat's Last Theorem? ウィキペディアの項目「フェルマーの最終定理」も参照のこと. は,アンドリュー・ワイルズによって,1995年に証明された. フェルマーがこの問題を提起してから実に350年で解決され … フェルマー最終定理を簡潔に証明しました。要約を以下に記載します。ご意見を頂ければ幸いです。全文(pdf)を読みたい方はここをクリックしてください。 フェルマー最終定理の等式(以下、フェルマーの等式)が四則演算で成立するならば、その等式は剰余演算でも成立する。しかし、その等式が剰余演算で成立しても、四則演算では必ずしも成立しない。ただ、その等式が剰余演算で成立しないならば、四則演算では決して成立しない。そこで先ず、フェルマーの等式が剰余演算で成立するための次数と自然数およびの素因数との対応関係を導出する。次に、その対応関係のフェルマーの等式が四則演算で成立するためには次数はのみであることを証明する。, 地上ではGPS衛星よりも時計が速く進みます。そのため時間差は累積されます。GPS衛星が地上に対して高速で移動しているからではありません。この現象は一般相対性理論によってのみ説明できます。逆に一般相対性理論の妥当性を説明するとも言えます。関心のある方は, フェルマー最終定理を簡潔に証明しました。要約を以下に記載します。ご意見を頂ければ幸いです。全文(pdf)を読みたい方は, (以下、フェルマーの等式)が四則演算で成立するならば、その等式は剰余演算でも成立する。しかし、その等式が剰余演算で成立しても、四則演算では必ずしも成立しない。ただ、その等式が剰余演算で成立しないならば、四則演算では決して成立しない。そこで先ず、フェルマーの等式が剰余演算で成立するための, との対応関係を導出する。次に、その対応関係のフェルマーの等式が四則演算で成立するためには次数.